。後には引けない。自分の身体くらいは自分でコントロールしていくべきだった。「空港に着いたら、早めの食事を済ませておこうな」 尾木が言った。細めに開けた窓から、海の香りが微《かす》かに漂ってくる。「ええ」「何か、買いたいものはあるか?」「ううん、別にない」「どうせろくなものがないんだろうけど、俺、空港に着いたらあんたにプレゼントしたいんだよ」「何を?」「何でもいいさ。気持ちだけのプレゼントだから。何が欲しい?」「おかしな人ね。こんな時に」「いいじゃないか。みやげもの屋で何か買おう」「じゃあ、チョコレートがいいわ。甘いやつ」「よし、チョコレートか。それから?」「それから? そうねえ。九谷《くたに》焼きの茶碗《ちやわん》か何か」「九谷焼きだな。よーし、わかった」「でも」と、美穂は小声で言った。「そんなもの持って行ってどうするの? 荷物になるだけよ」「いいんだ」と、尾木は微笑した。「何か買ってやりたいだけなんだから」 尾木はシートの上で姿勢を直した。その時、革ジャンの内側に黒いものが見えた。それは日の光を受けて、一瞬、禍々《まがまが》しく光った。「それ、どうする気?」「え?」 美穂は運転席のほうを注意しながら、尾木の胸を指さした。尾木は「ああ」と思い出したように言った。「捨てるさ,オークリー サングラス。飛行機に乗る時には、こいつは邪魔だからな」「でも、どこに捨てるの」「まだ考えてない。なんとかなるよ」 のんびりした口調でそう言うと、彼は革ジャンのファスナーを上のほうまできっちりしめた。「気をつけてね」 美穂は言った。そしてそう言ってから、果たしてこんなものを捨てる場所があるのかどうか、不安になった。誰かが見つけてしまうに決まっている。もしそうなったら、ふたりの足取りが知られてしまうではないか。 いろいろ、質問をしたかったが、狭い車内では運転手に聞かれる恐れがあった。美穂は黙り、窓の外を見た。目には見えない不安が埃《ほこり》のようにうっすらと美穂の中にたまり始めていた。その不安がどこからくるのか、彼女にはわからなかった。知らず知らずのうちに何かの回転が早くなっている。スピードを上げて疾走するこの車のように、加速を増して何かが動き始めている。そんな気がした。 窓の外には外能登の海岸線が見えた。車の窓枠《まどわく》に囲まれたその風景は、額縁に入った風景画のようだった。天気は申し分なくよかった。すべては上々で、嘘《うそ》のように完璧《かんぺき》だった。一点の曇りもない完全なひととき。なのに何故、何を怖がって自分はざわめいているのか。美穂は軽く目をつぶり、深呼吸した,tumi アウトレット。 小松空港に着くと、尾木はあたりを見回し、伏目がちに黙ったまま美穂を二階にあるみやげもの店へ連れて行った。店内には大勢の買物客がいた。それぞれ能登の名産品を吟味したり、週刊誌を買ったりしている。売り子も客も忙しそうで、誰も他人のことに気を使っている様子はなかった。 尾木は急いで、チョコレートと九谷焼きの湯呑《ゆの》み茶碗を買い、ビニールの手提《てさ》げ袋ごと美穂に手渡した。「ありがとう」と、美穂は言った。尾木はサングラスをかけたまま、笑顔を作った。「礼を言われるほどのもんじゃねえけどな。もっといいもんを買いたかったけど、ここじゃ無理だ」「何もいらないのに。お金は大切に使わないと」「いいさ。俺、今んとこ金持ちなんだから。さあて、まだ、たっぷり時間があるから、飯でも喰《く》うか」「そんなにお腹《なか》がすいてないわ。それに……」 美穂が心配そうに尾木の胸のあたりに視線を集中させると、尾木は子供をあやすように彼女の頭を撫《な》でた。「大丈夫だって。急がなくても飯を喰った後に始末するから」「先に航空券を買っておいたほうがいいんじゃない?」「それもあと。まず飯だ。レストランに入ったら、俺がひとっ走りして買ってくるからさ。満席だったら、のんびりキャンセルを待っていりゃいい」「そうね」と、美穂は言った。「なるべく、ふたりでいないほうがいいものね。空港って、だだっ広いし、なんとなく誰かにじっと監視されてるみたいな気がするもの。ね、本当に大丈夫?」「大丈夫って何が?」「後をつけられてたりはしないかしら」「誰があとをつけて来るんだい」「……わかんないけど」 ははは、と尾木は笑った。「心配すんなって。後なんかつけられてたまるかい。さ、行こうぜ。俺、実を言うと腹が減って力が入んねえんだ」「いやあね。よく食べる人ね。朝だってしっかり食べたじゃないの」「あんたを愛するためにはよく食べて体力をつけとかないとな。一日中、毛布の中って話、覚えてるだろ」 美穂は笑った。尾木は彼女の肩を力強く抱き、歩き出した,mcm 店舗。 二階ロビーを抜け、空港で唯一《ゆいいつ》のレストランに入る。入り口で尾木はカレーライスとビール、それに美穂のためのサンドウイッチの食券を買い、窓際の席に座った。 ガラス越しに一階のロビーが見える。搭乗カウンターの中では、濃紺の制服を着た空港職員たちが搭乗チェックをしており、ロビー備え付けのベンチには新婚カップルを見送りに来たらしい留袖姿《とめそですがた》の女や黒いスーツを着た男たちが座って、何やら賑《にぎ》やかに談笑していた。 搭乗手続きを終えた新婚カップルは、その黒い集団の中に入って行った。けばけばしいピンク色のツーピースを着た新婦が、真っ赤に塗った唇を左右に大きく開けて留袖姿の女たちに笑顔を振りまいている------------------------------------
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荷物になるだけよ」「いいんだ」と、尾木は微笑した
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Posted 12 years ago #
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