兄が理専に入つたのを一番喜んだのは父でした。でも、兄が、せつかく入つた理専をやめて海軍に志願するといつた時も、反対はしませんでした。ただ、それから後は、お酒をのんでも学校だけは行かなければいけないといふやうなことは、二度といはなくなりましたけれど。 チボー氏とジヤツクの間の激しい愛情や憎しみなどは私には想像することもできません。そのことは、「宗教」についても同じことがいへると思ひます,mcm バッグ。同じキリスト教なのに、カトリツクとプロテスタントがどうしてそんなに反目しあふのかわかりません。アントワーヌとラシエルのことも全然わかりません,サングラス オークリー。ごめんなさいね、なおみさん。私がどんなに恥かしさを忍んでこれを書いてゐるか、といふことがわかつて頂けたらと思ひます。何度も同じ言ひ訳をするやうですが、私は小説といふものをこれまでほとんど読んだことがありませんでした。ただこれだけは言へるのです。少しこはいやうな気もしますが、段々本を読むことの楽しさがわかりかけてきたのではないかと思ひます。 私の知つてゐる宗教といへば、仏教しかありません。が、一年生のとき講義を受けた「修証義」は、今でもよく憶へてゐます。「徳あるは讃《ほ》むべし、徳なきは憐れむべし、怨敵《おんてき》を降伏し、君子を和睦ならしむること愛語を根本とするなり、面《むか》ひて愛語を聞くは面を喜ばしめ、心を楽しくす。面はずして愛語を聞くは肝に銘じ魂に銘ず。愛語能く廻天の力あることを学すべきなり」私の好きな一節です。 では、お逢ひする日を楽しみに。[#ここで字下げ終わり] 七月○○日[#地付き]大泉節子 節子の渇きは、もうどんなにしても忍べないまでになった。節子は渇きのために死ぬのなら、水を求めて死ぬ方がまだましなのではないかと思った。眼を見開いても闇の他は何も見えなかったが、空気は夜であった。涼しい秋の気配があった。頭上で虫の声が聞こえた。大地までが、もろく赤く焼け焦げたときに、虫たちは何処にひそんで耐えたのであろうか。八月十六日、学徒隊が解散になるとそのまま起き上れなくなってしまった節子は、夜毎のかすかな、ほそぼそとした虫の声に、奇跡をみるような驚きに浸った。焼跡の赤茶けたぼろぼろの土の上の、わずかな草むらに、虫たちが生きている,バーバリー ブラックレーベル 財布。虫たちは生きている! 虫たちは生きているのだ! 節子のくらやみの中に、幾条かの光のような緑の線がうかぶ。絹糸のように細い、しかしあざやかな、つややかな緑の生命。 節ちゃん、明日から焼跡の整理をするから、朝、出かける前に少し手つだってね。 母がそういったのは六月の半ば過ぎになってからであった。五月二十九日の空襲で家を失った後、節子たちは、横浜駅の引込線に入っていて半ば焼けた京浜急行の電車の焼残った車輛に、近所の数家族と共に寝起きしていた。母が持ち出したわずかの衣料と、食糧、床下に埋めておいた非常食品、更に戦災者特配などでしのげるだけしのいだ十数日間、節子は平静に工場通いをし、母は行方不明になった父を探すといって、終日出かけていた。空襲の日、父は風邪気味でふだんよりかなり遅く出勤した。警戒警報が既に出ていて、今日は休んだらどうかと、口先まで出かけていた言葉を、ついのみこんで言わなかったのだと、母は悲しみともいきどおりともつかぬ調子で繰り返し節子に訴えた。帰ってくるのではないかという願いが、二日、三日と過ぎてゆくうちに絶望にかわり、早朝から日暮れまで、せめて遺骸だけでもと、母は尋ね歩いたのであった。方々で屍体が仮埋葬されてからも、なお母は毎日出かけていた。疲れ果ててものもいわず、ゴツゴツした戦災者特配の土色の毛布を頭から被って、電車の座席の隅にうずくまる母を、節子はいく夜も黙って見守っていた。そして、自分も又疲れやすくなっている体調に気づいてはいたが、焼け残ったコンロに燃え残った木材の切れ端を燃やし、雑炊やすいとんを作って、母に食べるようにすすめた。日曜日の朝。早朝に起きて、一週間着通した汗だらけの肌着を水洗いだけして干しながら、今日は、私もお母さんと一緒に行くわ、と節子はいった。どの辺まで探してみたの。母は淋しい顔で首を振った。硝子の割れた電車の窓からぼんやり外を見ながら、その視線は捉えがたかった。人手や物資の都合のつく家では焼跡を片付けてバラック作りが始り、今まで頑張ってみたが、遂に見切りをつけて地方へ疎開する家族もあり、最初は奇妙なにぎわいさえあった電車の中も、今では節子たち母娘だけになっていた。 節ちゃん。ほんとはね。余り探していないのよ。はじめは京浜急行に沿って、ずっと父さんの会社まで、杉田の日本飛行機まで、ずっと探しつづけるつもりだったの。でも、一人一人、身体を起して、見憶えのあるものはないかと、黒焦げの死体の山を見てまわっているうちに、とてもそんなこと、出来なくなってね。何か、こう胸が苦しくなって、目がくらくらして。多勢焼け死んだところでは、男だか女だか、まるっきり区別もつかないのよ。この人たち、みんなそれぞれ家族をもって、この日まで何とか暮してきたのにと思ったら、もう、とても一人一人ひっくりかえして、口の中まであけたりして、お父さんだけを探そうなんて、思えなくなっちゃったの。お母さんはだめね。他の人は、みんな一所懸命探してるのに、あきらめたりはしないのに。黄金町の駅から、関東学院の方へいく坂道があるでしょ。------------------------------------
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眼を見開いても闇の他は何も見えなかったが、空気は夜であった
(1 post)-
Posted 12 years ago #
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