」 おもとはたもとをかんで泣きふした。 その夜の明け方、重右衛門はとうとう息をひきとった。しかし、そのまえに、お染三吉、重右衛門のまくらもとで、あらためて夫婦の杯をかわしたが、なんと、その媒酌人《ばいしゃくにん》をつとめたのが、だれあろう、人形佐七だったということである。 三河万歳 春宵《しゅんしょう》才蔵品定め ——女房のやくほど亭主《ていしゅ》もてもせず「春|太夫《だゆう》さん、ことしは、いい才蔵にいきあたってしあわせだね」「おかげさんで。去年は酒乱の才蔵をひきあてて、みなさんにまでご迷惑をかけ、いやもうさんざんだったが、ことしは運がいいようだ」「去年の辰市《たついち》という男には弱ったな,オークリー フロッグスキン。わたしもいちど、胸倉とって小突きまわされたことがある」「どうもわたしはこの二、三年、才蔵運がわるいというのか、ろくな才蔵にめぐりあわなかったが、ことしで埋め合わせがつくのだろうよ」「まったく、こればかりは運賦天賦、女房のわるいのは一生の不作というが、万歳にとっちゃ、才蔵のわるいのは一年の不作だあね」「いや、いずれにしても春太夫さん、よい才蔵にめぐりあっておめでとう」 そこは神田|馬喰町《ばくろちょう》にある三河屋という旅籠屋《はたごや》の一室である,オークリー サングラス 激安。 この三河屋というのは、三河万歳の定宿になっていて、まいねん、年の暮れになると、三河から出府してくる万歳たちが、七草から松の内、ながいのになると、正月いっぱい滞在して、江戸の春をことほいで歩くのである。 ことしも、六人ばかりの三河万歳が逗留《とうりゅう》しているが、七草もすぎると、だいたい、かせぎの勝負もついたようなもので、ほっとした気持ちの万歳たちは、ひと間に集まり、アミダかなんかでいっぱいやりながら、冬の夜長をくつろいで、才蔵の品定めなんかやっている。 角兵衛獅子《かくべえじし》や鳥追いとともに、江戸の春のお景物として、なくてかなわぬ三河万歳は、その名のとおり、三河の国から出てくるのであるが、万歳につきものの才蔵は、かならずしも太夫といっしょに、三河からくるとはかぎらなかった。 現今の三河万歳は、はじめから、太夫と才蔵がいっしょらしいが、江戸時代の才蔵はおおく総州、野州のへんから出てきた。 ことに我孫子《あびこ》へんの百姓がおおく、農閑期を利用して、江戸へ出かせぎにくるのである。かれらは暮れの晦日《みそか》に、日本橋の南詰めへ集合するが、これを才蔵市といった。 三河の国から出てきた太夫は、そこへでむいて、おのれのこのむ才蔵をえらび、賃金をさだめて雇い入れると、そのひと春をコンビとして、江戸の町々をかせいであるくのである。 だから、才蔵に当たりはずれのあるのは、やむをえないし、道化役才蔵がまずいと、万歳は、台無しである。 また、芸のほうはたしかでも、去年、春太夫がつかんだ辰市という才蔵のように、酒乱の気味があったりすると、じぶんも不愉快だし、はたも迷惑する。 とにかく、江戸にいるあいだは、起居をともにするのだから、芸以外の人柄にも当たりはずれがあるわけだ。 もっとも、このことは、才蔵のがわからもいえるだろう。 春太夫はじぶんでもいっているとおり、どういうものかこの二、三年、才蔵運がわるくて、ろくな才蔵にぶつからず、毎年、いやな思いをさせられたが、ことし雇い入れた亀丸《かめまる》というのは、芸もたしかだし、あいきょうもあり、人間もおだやかなところから、宿へかえっても、ほかの太夫にも気受けがよかった。「あの亀丸というのはどこのものだね,オークリー サングラス。ことばをきくと総州か野州だが、手をみると百姓じゃないね。田舎でなにをしているのかね」 まえにも述べたとおり、万歳と才蔵は生国がちがうので、こんやは才蔵は才蔵で、べつの部屋にあつまって、これまた、いっぱいやっているのである。「さあ、それだがね、わたしもときおり聞いてみるんだが、くわしいことは話したがらない。我孫子のちかくの村だというが、からだがあまり丈夫でないので、百姓のほうは家内にやらせて、じぶんは村の走りつかいなどやる片手間に、荒物屋をやっているというが、それにしちゃ、人柄が良すぎるようにおもう」「才蔵ははじめてなんだね」「こんどはじめて、江戸へ出てみたといっているが、器用なんだね。--------------------------
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ことばをきくと総州か野州だが、手をみると百姓じゃないね
(1 post)-
Posted 12 years ago #
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