私ももし健康をとりもどしたら身辺整理して、のどかに生きる気でいるのだが、どうであろうか。 今日は石原裕次郎の三回忌。マコ夫人によって“あじさい忌”と名づけられて、葉山の森戸海岸には裕次郎灯台に灯がともった。《太陽の季節》の葉山ロケで、プロデューサーの水の江滝子さんから「原作者の(石原)慎太郎さんの弟で裕次郎クンっていうの」と紹介されたのが、彼との出会いだったが、その慶応ボーイが憧れていた北原三枝さんとは、松竹でデビューしたころから親しくしていた。 いわば「憧れのスター・北原三枝」と裕ちゃんが結婚に至る過程も、再起不能か……と語られた骨折事故も、ごく身近に見てきたし、《黒部の太陽》に賭けた彼に共鳴して、飲みあかしたこともあった。 ともに飲み歩き、歌って騒いだけれど、学生っぽさの抜けない一方で、常に善意にみちてもいた。素晴らしい奴だったし、自由奔放に生きたと思うが、私より四歳も年下ですでに三回忌とはあまりにも哀しい。 私が調子が悪くなってからでも手塚治虫さん、大坂志郎さん、渡辺岳夫さん、そして美空ひばりさんと、親しかったひとたちが言葉も交わさぬうちに逝《い》ってしまった,hermes 財布 メンズ クロコダイル。 人間どう生きるかは、つまりどう死ぬかだというが、死んでしまっちゃおしまいである。といって人間は必ず死ぬ,hermes 手帳。結局どううまく生きるかだろう,エルメス トート 布。 それにしても逝ってしまったひとのことが、しきりに気になる,エルメス ガーデンパーティ ネゴンダ 定価。 正直にいって、私にとっては大塚癌研とは近よりたくない場所であった。何人もの先輩知己をここで逝かしめた苦い記憶があるからである。 なかでも東和の宣伝部長の田中月男さんとは、病室を見舞って、年末には銀座で飲もうと約束をして旬日を経ずして月さんは逝ってしまった,hermes ピコタン オレンジ。 小津安二郎監督は激痛に苦しみながら、「こんな痛い思いをしているんだ。死んだら合わないよ」とおっしゃりながら、悶々《もんもん》のうちに世を去った。 さて私はどうであろうか。「焦らないで……」 といわれるが、同じことの繰り返しで毎日ベッドに縛りつけられていると、はっきりしてくれと叫びたくもなる。 調子が悪くなって、戦線離脱して以来、世の中の動きはめまぐるしく大きかった。リクルートに揺れる日本政界では、自民党のなかでさえ、いま動いたら損だと、権力抗争にピットインの構えの連中だらけ。 宇野総理などはまるで茶番で、三顧《さんこ》の礼でかつぎ出し、パリ・サミットに送り出したとたん、七月二十三日の参院選の結果では責任問題は当然、などと新幹事長・橋本龍太郎あたりが大声をあげたりする。当の宇野総理は遂にアメリカを抜く世界最大の海外援助国として拍手を浴びたが、金をバラまく成金がいれば、それが誰だって、顔なんか知らねえという扱い。 その間、中ソ急接近で北京を訪れたゴルバチョフは愛嬌《あいきよう》をふりまいたが、天安門広場を埋めたのは学生を中心とした民主化要求の市民。面子《メンツ》丸潰れの小平《とうしようへい》老人たちは血迷った戒厳令布告,hermes 長財布 コピー。それにつづく学生市民への発砲。さらには陰惨な密告による逮捕処刑と、二十世紀の大詰めとも思えぬ狂乱。 その一方でイスラム世界のカリスマ、イランのホメイニ師死去。イスラム・アラブ世界の混迷はさらなるものになりそう。「まア、焦らないで」 と毎日、同じ処置を受け、後は二十四時間の点滴と投薬を受けるだけでベッドにいる身はジレてきて当り前である。 芸能界にしても、なんのかんのといっても昭和という時代を代表した美空ひばりが逝った。普通なら特別番組やらワイドショー、そして週刊誌などに追いまわされるところだが、幸か不幸か門外漢の私である。それにしても、女王・ひばりは元気、元気の報道のなかで、私に伝えられた「この夏は越せないでしょう」という情報は確かであった。-------------------------------
DavidCadogan.ca Forums » DavidCadogan.ca
その一方でイスラム世界のカリスマ、イランのホメイニ師死去
(1 post)-
Posted 12 years ago #
Reply
You must log in to post.