DavidCadogan.ca Forums » DavidCadogan.ca

「ユリの花のべんとう箱

(1 post)
  • Started 12 years ago by f8da56gn

  1. ただかれらの頭にこびりついているのは、不況ということだけであった。それは世界につながるものとは知らず、ただだれのせいでもなく世の中が不景気になり、けんやくしなければならぬ、ということだけがはっきりわかっていた。その不景気の中で東北や北海道の飢饉を知り、ひとり一銭ずつの寄付金を学校へもっていった。そうした中で満州事変・上海事変はつづいておこり、いくにんかの兵隊が岬からもおくり出された。 そういうはげしいうごきの中で、おさない子どもらは麦飯をたべて、いきいきとそだった。前途になにがまちかまえているかを知らず、ただ成長することがうれしかった。 五年生になっても、はやりの運動ぐつを買ってもらえないことを、人間の力ではなんともできぬ不況のせいとあきらめて、むかしながらのわらぞうりにまんぞくし、それがあたらしいことでかれらのきもちはうきうきした。だからただひとり、森岡正のズックを見つけると、みんなの目はそこにそそがれてさわいだ。「わあ、タンコ、足が光りよる,mcm バッグ。ああばば(まぶしいこと)。」 いわれるまえから正は気がひけていた。はいてこなければよかったと後悔するほどはずかしかった。女のほうでは小ツルがひとりだった。くつは、足をかわすたびにぶかぶかとぬげそうになった。小ツルはとうとうズックを手にもって、はだしになり、うらめしそうにくつをながめた。六年生の女の子がじぶんのぞうりととりかえてやりながら、大声で、「わあ、十文半じゃもん、わたしにでも大きいわ。」 おそらく三年ほどもたせるつもりで買ってやったのだろうが、小ツルはもうこりごりしていた。ぞうりのほうがよっぽどあるきよかったのだ。ほっとしている小ツルに、松江はわらいかけ、「な、コツやん、べんとが、まだ、ここで、ぬくいぬくい。」 そういって、こしのあたりをたたいてみせた。「ユリの花のべんとう箱?」 小ツルが、いつ買ったのだ、という顔で問うのを、松江は気よわくうけ、「ううん、それはあしたおとっつぁんが買うてきてくれるん。」 そういってしまって、松江ははっとした。三日まえのことを思いだしたのだ。ミサ子もマスノも、ふたにユリの花の絵のあるアルマイトのべんとう箱を買ったときいて、松江は母にねだった。「マアちゃんも、ミイさんも、ユリの花のべんとう箱買うたのに、うちにもはよ買うておくれいの。」「よしよし,mcm バッグ メンズ。」「ほんまに、買うてよ。」「よしよし、買うてやるとも。」「ユリの花のど。」「おお、ユリなとキクなと,mcm リュック。」「そんなら、はよチリリン屋へたのんでおくれいの。」「よしよし、そうあわてるない。」「ほたって、よしよしばっかりいうもんじゃもん。マッちゃん、チリリン屋へいってこうか。」 それではじめてかの女の母はしんけんになり、こんどはよしよしといわずに、すこし早口で、「ま、ちょっとまってくれ、だれが銭はらうんじゃ。おとっつぁんにもうけてもろてからでないと、赤はじかかんならん。それよか、おかあさんがな、アルマイトよりも、もっと上等のを見つけてやる。」 そういってその場をながされたのだが、松江のためにさがしだしてくれたのが、古いむかしの柳行李のべんとう入れとわかると、松江はがっかりしてなきだした。いまどき柳行李のべんとう入れなど、だれももっていないことを、松江は知っていたのだ。--------------------------------------

    Posted 12 years ago #

RSS feed for this topic

Reply

You must log in to post.