だが依然として天上の食嗜は進まなかった。伊作が細かな心遣いをして養った鶏の卵は、伊作の側からいえばいたずらに、モイラの食慾を満たすだけに、了《おわ》ったのである。やよには天上の悩みの原因もわかっている。その悩みが、どれほど酷いかも察しはついている。だがそれにしても、と、やよは思うのだ。伊作のように以前の天上を見ていないやよである。磯子との信義のある親しみ、婚約者の片山園子との静かに楽しい語らい、そうして伊作との厚い、主従の結びつき、それらの中で威厳のある主人として、召使いにも接していた天上が、代々木の教練場でモイラを見て恋の罠に陥ち、一人の痴れ者となった経緯を見ている伊作とはちがうのである。そうして天上は今、内外の侮りを一身に浴びている。やよの眼にも、天上の愚かではない人柄が、見えていないわけではない。だがそれにしても男らしくない、女々しいと、やよは思わぬではない。辻堂の田舎の娘として育ったやよには、女に迷う男はうつけ者であるという認識がある。東京に来て見た男は林作だけである。やよは林作の悪魔性を知らない。やよにとって林作は、(お偉くて思い遣りの深い旦那様)であった。男性というものの典型で、あったのだ。コックの李の考え方も略《ほぼ》、やよと同じである。李は二十代の大半を中国の大きな邸に雇われて過した。何人もの細君を置いている主人を見て来ている,ヴィトン 財布 メンズ。女のことにせよ、何にせよ、事々しく心にかけぬ、駘蕩《たいとう》とした男を大人《たいじん》と見ている李は、内心では近頃の天上を侮りはじめている。 一方でやよは、モイラの不機嫌が巻き起す、周囲の顰蹙《ひんしゆく》の矢面《やおもて》に立つ立場にあって日々心を砕いている。モイラはやよにも時折は酷く当る。皮膚の湿り気と、その香気とが日増しに度を加えるのに正比例して、思い上がったふてぶてしい様子もひどくなっている。近頃ではモイラの香気は、それを香《か》いだ人間が、何一つ遣る気の起らぬ、深い、曇《どんよ》りとした惰気の中に陥ち込む体《てい》の、一種いいようのないものになっている,クロエ トートバッグ 新作。モイラは今までにも増して、殆ど物を言わなくなった。そうして心に何かを思いめぐらしているのが窺われる。モイラは、前の夏とは変ったピータアの、サジスティックな愛撫を、恐れている。だが天上の薄のろい、執拗な愛撫よりは数段上のものだと、思っている,oakley サングラス 激安。モイラはピータアの、恐ろしい愛撫の中で恐怖しながら、一人の嫩者《わかもの》を完全に絡めとった満足を感じ取っていなかったわけではない。それにも係らずモイラは、ピータアの部屋に再び行くことを躊躇《ためら》っている。今日、行こうと、思い立つ日がないのである。モイラはピータアの鋭い、気迫のようなものに圧迫せられるのだ。それより以上に、灼いた解剖刀《メス》のような、恐ろしい愛撫に恐怖を感ずるのだ。モイラはピータアの愛撫に危険を感ずる。彼女はピータアが自分に、酷い危害を加えることはないのを知っている。そのことには確信を持っているのだが、又怪我をするのではあるまいか、という恐怖がある。ふてぶてしいがその半面臆病なモイラは、再度の逢いびきに踏み切ることが出来ずにいる。そのことが又モイラの不機嫌を拡大しているのだ。 やよは今日、午飯の支度のために、少し早めに台所に入っていた。モイラが、馬鈴薯、玉葱、人参、鶏なぞに青い剥《む》き豌豆《えんどう》を加えた清汁《コンソメ》を、何より好んでいるのを知っているやよは、剥き豌豆の出る初夏には勿論であるが、李が、大粒で柔い、青豆の缶詰を仕入れたのを見ると、時季に係らず造ることにしている。今日やよは、明治屋から届いたボオル箱の中に外国製の青豆の缶詰を見つけ、早速に鶏と野菜の清汁《コンソメ》の支度にかかったのだ。一昨年《おととし》の夏、遥か眼の下の海岸《うみぎし》に、モイラといるピータアを見た時やよは、半裸でいて、半裸のモイラと向い合っていながら、どこにもいやらしさのない嫩者であったことをみとめた。男と忍び会うということを、やよは恐ろしいことのように、思っている。まして不義密通ということには、足の顫《ふる》うほどの恐怖を抱くやよなのだが、ピータアには好感を抱いてはいる。ドゥミトゥリイがピータアに抱いている好感から見ればわずかではあるが、幾ばくかの好意を持っている,ヴィトン 長財布。そこからやよは、天上の傷心をいたましく思いながら、モイラの苛立ちにも、判るところがないでもない。そんな方面には殆ど無智なやよではあるが、やよも一人の女では、あった,coach 財布 人気。まして、忠誠を誓っている林作の唯一人の愛娘《まなむすめ》のモイラである。膝に抱き、背に背負って育てたモイラである。人参、馬鈴薯、鶏の笹身なぞを、小さな賽《さい》の目《め》に刻みながら、やよはどこか浮き浮きしてくるのを覚えた。時折、用もないのに台所に入ってくる本間いしを気にしながらも、俗に盤台面といわれている面積の広い、長四角の、顎の大きい顔を幾らか紅くしてやよは肉汁《スウプ》をとり始めた,ルイヴィトン 財布 レディース。そんなやよを、李が横から複雑な気持で見ている。 やがて、李の造らえた間鴨《あいがも》の蒸したものなぞと一緒に、剥き豌豆入りの清汁《コンソメ》が食卓に載った。-------------------------
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コックの李の考え方も略《ほぼ》、やよと同じである
(1 post)-
Posted 13 years ago #
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