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そうなのだ、私はシンクロする歌を歌いたいのだ

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  • Started 12 years ago by chlexhpax

  1. そのとき言葉はいらない。ただ、受け取ればいい。 私の意志は必要ない。ただ与えられるものを感受する,オメガ 時計 人気。私が私であろうがなかろうが、神様にはあんまり関係ないらしい。 自意識なんてもの、年をとってずいぶんと萎《な》えたと思ったけど、まだ私のなかには歴然と「自分が自分が……」という意識が強くあって、その自意識が、バリにくるとうっとうしいくらいに感じられる。 ああ、私はまだこんなに自分にこだわっていたんだな。そして自分にこだわり続ける限り、他人にこだわり続けるんだな。他人にこだわり、他人の言動に感情を揺さぶられ、他人の評価に自分がオタオタして、他人に自分を合わせる。 そこから逃れられないから、私はときどき辛《つら》い。分かち合えない。 バリではたくさん、お寺にお参りした。 靴をぬいで大地に正座して、お線香を立てて供物を捧げ、聖水を飲み、浴びる。 聖水を三回、頭にかぶると、自分がとても無防備になった気がする。それから手をかざす。何かに向かって。受け取るために。 無心に頭上に手を差し出すと、確かに何かを受け取ったような不思議な気分になる。 目を開けると、月のない空に満天の星。 この世界は無尽蔵にギフトが溢れかえっている。なんで自分だけ貰えないと思っていたんだろう。くださいと手を出さないから、貰いそびれていたのかもしれない。[#改ページ] 身体に音楽を取り戻した日 音楽……への憧《あこが》れは、海への憧れと似ていた。 海から遠い関東平野に育った私にとって、海は「好きだけど近寄り難いもの」であり、「行っても何をしていいのかわからない場所」であり、自分とは遠いものだった。子供会の旅行で海に行ったことがあった。明日は海に行くんだな、と思うと嬉《うれ》しくて眠れなかった,オメガ デ ヴィル。だけど、大きな波の打ち寄せる海岸に自分が立ったとき、ただ茫漠《ぼうばく》と広がる海に圧倒された。あまりにも無知だった私は、この巨大な塩っからい水たまりが何であるかわからなかった。ただ、波打ち際で逃げ回り、砂の城を作り、陽焼けした。実は海のなかには別の世界があり、多種多様な生物たちが生き死にを繰り返し、地球を浄化し続けていることなど、知るよしもなかった。 同じように、音楽もまた私にとって苦手な分野だった。 まず楽譜が読めない。演奏できる楽器はフォークギターだけ。無器用なので単純なコードしか押さえられない。 ピアノ、もちろんダメ。その他、フルート、シンセサイザー、ケーナからトランペット、いろんな楽器に挑戦したがどれも長続きしない。私の部屋には累々と楽器の死体が積まれている。演奏されることのないかわいそうな楽器たち。 とはいえ、私が一番興味があったのは実は「歌」である。アカペラでハモって歌いたい、というのは長年の密《ひそ》かな夢だった。 ああ、誰か私をアカペラグループに誘ってくれないかしら。とはいえ楽譜が読めない自分が、他人と合唱できるのだろうか。ああ、なんで私の親は私にピアノを習わせてくれなかったのかしら、まったく、もう。 というわけで、私には音楽コンプレックスがある。 それゆえよけいに音楽に憧れる。あまりに憧れが強いため、どんな楽器を練習しても、初心者である自分の下手さに耐えられない。大人になってから音楽を始める私の脳には、ピアノを弾けば「坂本龍一」的イメージがあり、不遜《ふそん》ながら自分を「坂本龍一」と比べてしまうのだ,chloe 財布 人気。そしてあまりの下手さに勝手に絶望して、練習を投げてしまう,ヴィトン 長財布。こうなりたいイメージと、自分とのギャップに耐えられない。 けっきょく、カラオケに行って自己陶酔的に歌うくらいしかできない。もちろん誰も聞いてはくれない。お愛想に拍手してくれる程度。むなしい……。 私は自分が陶酔する歌を歌いたいんじゃない。 そうなのだ、私はシンクロする歌を歌いたいのだ。誰かと、何かとシンクロする歌。ハモる歌を。 完璧《かんぺき》に人間の声がハモった瞬間の鳥肌の立つような快感。 本当に鳥肌が立つのだ。自分はどうしてあれほどまでにハーモニーに衝撃を受けるのだろうか。不思議だ。他人がハモっているときでさえ、背筋がぞくぞくして、じんわりと痺《しび》れるような甘い衝撃が身体の芯《しん》を貫いていく。 だったら、自分がハモれたら、どんなに気持ちいいだろうか……。 まるで、セックスしたことのない処女みたいに、私はハーモニーに憧れている。この憧れは年を追うごとに、強くなっていった。 ある日、仕事でS社に行ったら、S社の書庫に不思議なタイトルの本を見つけた。『聖なる癒《いや》しの歌 ヴォイスヒーリングへの道』渡邊満喜子《わたなべまきこ》著 金花舎。「ヴォイスヒーリング」って何だろう? 渡邊満喜子って歌手の? いやいや違う。あれは、渡辺真知子だ。「あのお、この本、借りてもいいですか?」 って聞いたら、「いいですよ」と言われた。 それで私はまったく偶然なのだけど、『聖なる癒しの歌』なる本を読むことになった,オメガ 腕時計 メンズ。 読んでみると、それはそれは不思議な内容の本だった。 著者の渡邊満喜子さんは某大手出版社の編集者を経て学者であるご主人と結婚する。結婚後は翻訳家や、ルポライターとしても活躍する。S社からも何冊か本を出版していた。だから彼女の本が書庫にあったのかもしれない。 1977年、彼女はご主人の海外研究に同伴してメキシコを訪れる。 そして、そのメキシコで彼女の身体に何らかの変化が生じて、とにかく彼女は歌いだすのである,ルイヴィトン モノグラム 財布。すばらしい高音、自分の声とは思えないソプラノで、自分すら知らない旋律を歌いだす。 以来、彼女に降りて来た歌は、彼女の人生とともに成長し、その音域は広がり、時には古代語のような歌詞を伴い、メキシコから日本に戻って来てからも彼女はずっと歌い続ける。
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    Posted 12 years ago #

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