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「食欲なんかないよ

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  • Started 12 years ago by edsfev21

  1. edsfev21
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    こいつらの負担は増えるけど、細かく中継《ちゅうけい》していけば、まあ頑《がん》張《ば》ってくれるでしょう」「まだ昨日のケツの痛みさえ治ってないのに……え、カルーセルって何で知ってんの」「まあ覚悟《かくご》しといてくださいよ。今日は前も痛むかも」 先行する兵士たちが、彼等に挨拶《あいさつ》して次々と発《た》ってゆく。見上げるとその上空には、昨日同様に改造骨格見本が。もちろん、自分たちの頭上にもだ。やはりマスコットキャラクターなのだろうか、だとしたら名前は? コツモ飛び丸? ミスターカルシウム?「コッヒーはどう? やっほーコッヒー、昨日は運んでくれてサンキューな。同じヤツなのかどうなのか、ちょっと区別がつかないけど」 勝手に名前を決めて、ひっそり手なんか振ってみる。と、顎《あご》をカタカタ鳴らして、はばたきを盛んに繰《く》り返した。ものすごくグロテスクだ。思わず教育係に訊《き》いてしまう。「うわ、怒《おこ》った! ねえあれ、怒ったの!?」「いいえ、陛下にお声をかけられて、感極まっているのです。彼等には『個』という概念《がいねん》がありませんから、一人に告げれば全体に伝わったも同然です。骨飛族同士は離《はな》れていても簡単な意思伝達が可能なので、見張りや斥候《せっこう》には非常に重宝なのですよ」 難しい言葉が多くてよくわからないが、一人は皆《みな》のために、皆は一人のためにということか。「さ、陛下、我々もそろそろ」 コンラッドが手綱《たづな》を右手に、おれを引き上げようと左手をさしだす。ビビッてるのか顔も見せない村人の中で、一軒だけ扉が細く開き、突っ立った金髪《きんぱつ》が覗《のぞ》いていた。「あーあ!」 そっちに向かっておれは叫んだ。「もったいねーなぁ! もうちょい重くて硬い球で練習すれば、あいつらもっとうまくなるのに! バットももっと滑《なめ》らかに削《けず》って、グリップ細くすれば打ちやすいし、それに……」 あとやっぱ、捕手《ほしゅ》がいなくちゃね。「キャッチャーがいなくちゃねー、野球にはー!」 金髪が母親に掴《つか》まれて、慌《あわ》ててドアが閉まるのが見えた。「俺はときどき、この村に寄るんですが」 勢いをつけておれを引っ張り上げてくれる。「つらい経験をしたにしては、あの子たちはよく頑張って育ってます」「ああ」 父親を殺されて家を焼かれるなんて、おれには想像もつかないけど。 ギュンターが不満げな顔をしているが、それを見ないふりで馬の腹をつつく。 地獄《じごく》の一日の始まりだった。 健気《けなげ》にも時を刻み続けるアナログGショックによると、朝から六時間ぶっ通しで走り、中継点と呼ばれる場所で二度ほど馬を乗り換《か》えた。三度目の中継点は、後にしてきた村よりもずっと大規模な集落で、柵《さく》の外側に馬をつないだ一行は、ギュンターの合図で休憩《きゅうけい》に入った。「よっぽどお疲れのようですね。さっきから意味の解《わか》らないことばかり呟《つぶや》いてますよ、陛下」 コンラッドが絶えず励《はげ》ましながら走らせるので、馬の名前を覚えてしまった。その、ハシバミ色の乙女ノーカンティーから転がり落ちながら、おれは掠《かす》れ声で訴《うった》えた。「助けてくれ」「もちろんです。あと半分走り切ったら、どんなことでもしてあげます」「じゃなくて、いますぐ」「だったらとりあえず、熱量の補給にかかりましょう。要するに、昼メシ」 地面に下りたはずなのだが、まるで船に乗っているみたいだ。おまけに春の第二月らしいのに、冷蔵庫が恋《こい》しいような日差しだった。「食欲なんかないよ。夜は寒いし、昼は暑いし、のどは埃でカスカスだしまったく、あ」 望んでいたとおりの物が差し出され、思わず手をのばして慌てて止めた。 一日体験教室で素人《しろうと》がつくったような、不格好《ぶかっこう》なグラス。ふちまで注《つ》がれた水の冷たさで、外側には霜《しも》と水滴《すいてき》がついている。今まさに欲しいもの、それは。「……冷たい水……」「陛下っ!」 ギュンターが早足でこちらに来る。どうせまた人間のくれるものを飲み食いするなと言うのだろう。けど水の盆《ぼん》を捧《ささ》げ持つ十歳そこそこの女の子は、髪《かみ》も瞳《ひとみ》もスミレ色だ。色以外の全ては人間と同じだが、だが……。「きみは魔族なんだよね?」 少女がうなずく。「はい陛下。我等の持てる最後のひとしずくまで、陛下のお役に立てれば幸せです」 だったらいいでしょう。彼女は魔族で、おれは魔族の王様なんだから。ガラスに指が触《ふ》れる。思ったとおり、痛いほど冷たい。教育係が、何か言っている。「陛下、お待ちくださ……」 手の中から水がなくなって、横を見上げるとコンラッドが、おれから取り上げたグラスを口元に運んでいた。一口飲んでから、こちらに返してくる。短く「少し残して」とだけ囁《ささや》く。 ほんのわずかに飲み残したグラスを盆に戻《もど》すと、女の子は嬉《うれ》しそうに、深くお辞儀《じぎ》をして走り去った。喉《のど》を通った冷たい感覚は、一気に胸まで広がって、かき氷の直後みたいに眉間《みけん》が痛み、一瞬《いっしゅん》だけ足下がふらついた。急に頭がすっきりして、周囲の緑が濃《こ》く見えた。「……おれすっげー渇いてたらしいや。真夏の部活中の脱水《だっすい》症状なみに」「あの子は陛下に水をお出しできたことを、一生の自慢《じまん》にしますよ、きっと」 人のいい笑いでそんなことを言っている。だが、こういうシーンは時代劇で知ってる。彼は今、毒見をした。おれのために、毒見をしたのだ。 あきれたような顔で教育係が近寄ってくる。「陛下、我々が持参した物以外はお口になさらないようにと、再三申し上げましたのに」「だって此処《ここ》は完全に魔族の村なんだろ? 住んでる人達だってさあ、ほらギュンター、あんたにも似てる、妙《みょう》に美形の奴《やつ》が多いし」「だからといって……」
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    Posted 12 years ago #

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