「でも、これじゃ無理だわ。あんまり小さ過ぎて判読は不可能よ」「プロならルーペを持ってるな?」 長山は石川に質した。部屋のバッグの中にあると頷いた石川に、「返事はいいから持ってこい」 急《せ》いた口調で命じた。「なに焦ってんの」 亜里沙は資料に目を落とした。「見当でもついたっての?」「コインに関してはな」 長山は小刻みに首を振った。「しかし……それがなんで隠岐と関係あるかは、まったく見当がつかねえ。別の銅銭を後醍醐天皇が隠し持って隠岐にきたというなら話も分かるが……もし、あのコインなら百パーセント有り得ねえことなんだよ」 そこに石川がルーペを片手に戻った。 長山は受け取ると丹念に見詰めた,コーチ バッグ 2013夏。 想像通りらしかった。 それでも長山のネガを持つ指は小さく震えていた。息も多少荒くなっている,コーチバッグ。「どうなの! 私にも見せて」 亜里沙はネガとルーペを手にした。 蛍光灯の光の中にはっきりと文字が浮かび上がった。四つの文字が四角い穴を囲むように配置されている,コーチ アウトレット。だがまだ細かくて読み取れない。下と左側の通宝という二文字だけは分かる,コーチ アウトレット。細かいという理由よりも、漢字の見当がつかないだけだ。長山はあらかじめ文字を予測していたので簡単に解読ができたのに相違ない。「乾坤《けんこん》通宝……一番真上の文字は乾燥の乾だ。確かにそう読めるだろ」 長山に言われて見ると、それは間違いなく乾の字だった。「乾坤通宝って……聞き覚えがあるわ」「当たり前だ。建武中興の後に後醍醐天皇が作らせた銅銭じゃねえか。御所問題だとか、どうでもいい目先の謎にだけとらわれて肝腎のことを見落としてやがる」 長山は鼻で笑った。まったく図々しい。昨夜までは、その御所問題さえ知らなかった人間なのに。亜里沙は苦笑した。「あの……乾坤通宝って、そんなに珍しいものなんですか,コーチ 財布?」 石川がのんびりとした声で訊ねた。「珍しいもなにも、鋳造されたという記録が残されているだけで、これまでに一枚も発見されてねえんだよ,コーチ バッグ。研究者たちは鋳造すら疑問視している。もし一枚でも見付かりゃあ、歴史の教科書がひっくり返るぐらいの大騒ぎになるってしろものだ。こいつなら一千万でも買うヤツがいるだろうさ。昼の連中の言葉は決して大袈裟じゃねえ。ひょっとすれば一億でも売れる可能性だって……」「一億! こんなものが」 石川はネガをしげしげと眺めた。「もっとも……たった一枚ならばな。千枚も出てくりゃ確かに連中の言う通りガクッと値が下がる。もしオレが発見者なら小出しにして効率良く売るがね。連中にゃその知恵がなかろう。見付けたらドッと市場に流すつもりみたいだったな。阿呆の典型さ。苦労して残りを発見するより、あの一枚をどうやったら高く売れるかを考えた方が遥かに簡単で得になる。恐らく千枚も出れば一枚の単価は三、四十万にもならんぜ。その上、大量に売り捌《さば》くにはコイン業者の手を借りなきゃいかん。相当のマージンを取られる。おまけに発見場所が他人名義の土地ってなると……結局、一億ぐらいにしかならんのじゃねえのかね」「一万枚ならどうです?」「まあ……そうなりゃ五億程度は手にすることができるかも知れんが」「後醍醐天皇が隠したものなら、最低でもそのくらいはあるでしょう」「十万枚はあるかもよ」 亜里沙の目が光った。「五十億の可能性があれば、一枚を売るよりも、そっちを狙って当然だわ。一枚でも世間に知れれば皆が宝捜しに加わってくる」「なんでそう欲が深いんだ? 一枚で一億になるなら、それで充分だと思うがな。貧乏人はこれだから始末が悪い」「一枚あれば本を何冊か書かずに済むって言ったのはどこの人?」「冗談はともかく……だ」 長山は取り合わずに言った。「オレの調べた限りじゃ、乾坤通宝がこの隠岐で発見される確率はゼロに等しい。こいつが鋳造されたのは建武元年以降だ。後醍醐天皇が隠岐から脱出して京都に新政権を樹立してからの話だぜ。その後に一度も隠岐にはきていねえんだから、もし本当に隠岐で見付かったとしたら後醍醐天皇以外の人間が持ち込んだという結論になる」「恩賞という可能性はどうなの?」「恩賞?」「だって……隠岐を脱出する際に、見張り役のなんとかって役人が協力したはずだわ」 後醍醐天皇を中心に据えた軍記『太平記』によると隠岐での見張りを命じられていた佐々木義綱が北条方を裏切って後醍醐方につき、出雲や近隣の武士たちとの間を取り持ったと書かれてある,コーチ アウトレット。その働きで無事に脱出に成功したのだ。もしこの人物がいなければ、後醍醐天皇とて簡単に島からは出られなかっただろう。しかし、佐々木義綱の役目はそこまでで、その後はほとんど歴史に登場しなくなる,コーチ バッグ。創作された人物でないとしたら、後醍醐天皇を脱出させた後はふたたび隠岐に戻ったとしか思えない。当時の隠岐判官は佐々木氏なので、その一族だったと推測される。建武中興の陰の立て役者として恩賞に与《あずか》っても不思議ではない人物だ。「彼が恩賞に乾坤通宝を貰っていたら、この隠岐で発見されてもおかしくないわよ」「残念ながらハズレだな」 長山は一笑にふした。「後醍醐天皇が恩賞に乾坤通宝を与えたとしたら、これまでに一枚も発見されていないってこたぁ絶対にねえよ。貨幣として流通しなかったから埋もれてしまったんだ。それだけは断言できる。だからこそ研究者たちは鋳造に疑問を抱いているんだぜ。せっかく作りながら流通しないなんてのは有り得ない。子供の銀行ごっこじゃねえんだ。
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蛍光灯の光の中にはっきりと文字が浮かび上がった
(1 post)-
Posted 13 years ago #
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