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母と跡取りの間に、交渉はなかったろう

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  • Started 13 years ago by dennycoalp

  1. dennycoalp
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    「海は広いな、大きいな、月が沈むし陽がのぼる」日向が、無遠慮な声で歌い、以前イタリア人の妻と子供を連れてきた時も、歌ったのだという。修一は掌にじっとり汗をかいていることに気づき、いったいなんのためにこんな展望塔の上にいるのか、不思議に思えてくる,OAKLEY サングラス 店舗。「イタリア貴族なんてっても、アメリカじゃイタ公ですからねえ、日本人の方が上ですよ」未練がましく日向がいい、「すごいのはユダヤ人ですねえ、われわれ辻マイナス|※《しんにゆう》といってますけど、奴等はすごい、金融機関から、ビッグビジネスの大どこを握ってますしねえ」黒人の夫がしゃがれ声で妻に説明し、いちばん上の子供は十二、三か、一人陰鬱な表情で、しきりに修一の方をうかがう。頂上に登り切ると、展望車は廻転をとめ、モーターのひびきも静まる。修一の前におだやかな海があった,クロエ 二つ折り財布。いつも同じように停止するのかたずねてみたいと思った。つまり、修一のすわった場所は、頂上にきた時必ず海に面してとまるのか、それが当然のようにも思えるし、また、急に人種問題をしゃべりはじめた日向に、今そんなことをたずねるのは悪い気もする,coach 財布 ピンク。たずねれば、彼は勇んでセーラー服の男に質問するだろうが、日向の話題は取りとめなく飛躍して、ひょっとすると軽いノイローゼなのではないか。 一月前に、修一は女性週刊誌記者の来訪をうけ、その記者とは顔見知りだったから、上るようすすめると、喫茶店に修一をさそって、TV界の話題とか、編集長が近く飲みたいといっているなど、珈琲《コーヒー》すすりつつ間をもたせ、「で用件はなに?」修一が切り出すと、「気分こわされちゃ困るんですけどね、実はちょっと情報が入って、他《ほか》に先きをこされるとまずいんで、いちおう当るようにいわれて」なお口ごもり、それは修一夫婦離婚の噂《うわさ》をたしかめにきたものだった。いったん核心にふれると、記者は鋭い質問をつぎつぎ発して、「最近、かなり決定的なことがあったということは、握ってるんですがね」「というと」「まあ、打ち明けていえば、奥さんが実家へもどって、かえらないという」「実家といってもそばだから、よくかえるけど、だからっていちいち」「いや、他にね、なんというか、お姑《しゆうと》さんといろいろあるんじゃないですか」いっそ怒ってしまえばいいと思いつつ、一つにはそれに近い事件といえば事件があったし、しかも、ごく身内だけしか知らないそれをどうして嗅《か》ぎつけたのか不思議で、つい弱腰になり、「いろいろったって、年中、母が同居してるわけじゃないし、そりゃ喧嘩《けんか》することもあるだろうけど、こっちがはらはらするより先きに、けろっと仲直りして、けっこう買物ねだったりしてるよ」あくまで記者のいい分、まっこうから否定せず、だがそのいちいちあげる事件は、しごくありふれたものと印象づけるように努め、修一のなりわい流行歌の作詞家で、比較的TVにもよく登場するから、その離婚となれば、けっこうニュースバリューがあるらしかった。何をいっても、記者は自分のいい分以外はふんふんとうなずくだけで張合いがなく、これがあるいは取材のテクニック、こっちを焦《じ》らせて新事実きき出す魂胆かも知れず、修一は慎重に言葉をえらび、ついに記者は最後まで納得せず、たしかな筋からの情報なんですがとくりかえし、その場は切り上げて、表へ出ると幸運にも、乳母車に息子を乗せて妻が通りかかり、しごく愛想よく記者にも一礼し、「べつにしくんだわけじゃないよ、まあ、子供がいる以上、何があっても別れないさ」修一少しかさにかかっていうと、記者はまぶしそうな表情で、「いや、分りました、根も葉もないことでしたな」照れ笑いして、そそくさとタクシーに乗りこんだ。 だが、取材は修一の友人関係にものびていて、翌日、作詞の先輩にあたる年上の男が、歯切れの悪い電話を寄こし、寿司屋《すしや》で会うと、午前中にべつの記者があらわれたそうで、「なんでも、ずい分身近の人から出たことらしいよ、心当りはないかい?」たずねられて、いっこうその節は浮かばぬ,オメガ シーマスター。少し実状を物語り、知恵を借りるつもりで、半月ほど前に起った妻と母のいさかいを説明し、発端は、借家ながら目黒に、親子三人にはひろすぎる住いをもち、まだ小唄をつづける母がこの十畳間をその稽古場に貸してくれといい、はじめは妻もよろこんで世話をしたのだ,ルイヴィトン 財布 モノグラム 二つ折り。ところが入れかわりあらわれる弟子はほとんど芸者で、果物菓子類の跡片付けはしても、掃除は妻の役目だし、時に夕飯用意して、母は野田岩の鰻《うなぎ》、八竹の茶巾《ちやきん》ずしを、一同にふるまう、齢相応に早起きで、修一の生活にあわせ朝のおそい妻に、いや味と取れる言葉をつぶやき、母上京のつど、その手前は取りつくろっても、修一はかげで責められて、これを近因とすれば、先輩にいわなかったが、遠くさかのぼるいさかいの素地もあった。 修一は、二つの呵責《かしやく》を母に対し背負っていた。一つは、その性器をみたことであり、もう一つは、精米所跡取りについて、父に告げ口した事実、箱根以後、母は急激に、修一に対しよそよそしくなったわけではないが、修一は心を乱し、北国の町へもどると、母の弟子である芸者に乱暴働き、酒に溺《おぼ》れ、恋焦がれた女が生母である矛盾と、父はべつにして、靖治を蹴落《けお》とし、勝利者となったつもりが、自分より母の関心を引くライバルの出現に苛立《いらだ》ったので、母を真似て心臓神経症の仮病をつかい、さすがに心配した母の、いかにもなれた手つきで射つ、ビタカンファの痛みにすがり、だが、跡取りは、母の口利きで、放送局邦楽課に就職し、こうなると勝負ははっきりした,ルイヴィトン 財布 モノグラム 三つ折り。母と跡取りの間に、交渉はなかったろう。母は、放送される時間の少ない小唄の、少しでも便宜はかってもらうための、いわば取引きで、弟子と共に男を接待し、また男も立場上か、あるいは修一のひがみか、ことさら尊大にふるまっているようにみえ、母の上京中、何度か酔ってその泊る宿屋を訪れ、たいてい朝が早いからと追いかえされると、自暴《やけ》になり荒れ狂う。
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    Posted 13 years ago #

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