しかし、軍事的な武力援助は、ソ連対象のときは、これを行うことはもちろんであるが、英仏など対象のときは「これを行ふや否や、それは状況による」。つまり決定権は日本にあるというのが、海軍側の譲りうる最大限度の条件であった。 簡単にいえば、ドイツがソ連と戦争をはじめた場合には、日本は武力援助をきっと約束する、しかし、ドイツが英仏と戦端をひらいたとき、日本は援助するかもしれないし、しないかもしれない、ということである。 こんな曖昧模糊とした、自分本位の、煮えきらない条約をドイツが承知しないことは、はじめから明らかである。しかし米内も山本も、不本意ながらここまで妥協したの思いなのである。 山本五十六がのちに、自分自身のこのときの判断について、こう語っている。「世界新秩序を目標とするドイツと与することは、必然的に英米旧秩序を打倒せんとする戦争にまきこまれることであり、日本の海軍軍備とくに航空軍備の現状をもってしては、対米英戦争には勝算はまったくない、それで自動的参戦などとんでもない、ということにあった」 海軍トップの考えは、おそらくこの山本の発言に|収斂《しゆうれん》させてもよいであろう。ソ連への牽制という点では、三国同盟は有効であろう。しかし、その結果は世界戦争への恐怖と抱きあわせである,coach財布レディース。ヒトラーにひきずられて、日本は英仏はおろかアメリカとの大戦争にまきこまれる,オメガ 時計 人気。要は「欧州戦争不介入、英米不可分、対米不戦、国力を養って国家百年の計をはかるべし」に海軍の方針があったのである。したがって、英米との戦争に自動的にまきこまれるような約束は、条約の上で厳格にさけておくという一点だけを守りぬいた。 ナチス・ドイツの興隆にうかれ、海軍力にほとんどみるべきもない国と結んで、英米を相手に歯向うことなど、どんなことがあってもしてはならない,クロエ トートバッグ 新作。アメリカを第一の仮想敵国として、厖大な海軍予算を年々とっておきながら、「いざとなったら戦えない」とは腰抜けもいいところであるが、海軍トップはそんな悪評など屁でもなかった。 こうして三国同盟問題を議するための平沼内閣の五相会議(首相、外相、陸相、海相そして|石渡《いしわた》荘太郎蔵相)が、十四年一月からはじまったが、入口のところで足ぶみしたまま紛糾しつづけていた。賛成を主張する陸相板垣にたいし米内海相が正面から対峙した。二月、三月、四月と、会議はいつはてるともなくつづき、数十回を数えたが、合意に達しようもなかった。五相会議という言葉が新聞にほとんど連日のようにのることから、巷には「平沼が一斗の米を買ひかねてけふも五升買ひあすも五升買ひ」という落首がうまれたほどである。 これが夏を迎えようとするころの、一歩の進展もない国内政治状況である。これにたいして陸軍中央は関係課員以上が大臣官邸に集まって、大臣を中心にしきりに会議した。板垣はその結論をたずさえて五相会議にのぞむ。大臣の帰りを待ちうけて省部の会議がまたひらかれつぎの対策をねる。そんな毎日がつづいていた。 そのときに、たとえば、山本海軍次官が各省の次官会議で、ドイツと結んでの新秩序が話題になったとき、「新秩序、新秩序というが、いったい新秩序とは何のことかね」 と冷やかし半分に反問して、多くの憤激を買ったなどという話が、しばしばとどけられてくる。そのたびに作戦課の強硬論者は歯ぎしりをさせられるのである,coach 財布 ピンク。腰抜けの代表の海軍次官がいったいなにをほざいているのかと,oakley サングラス 激安。 そのいっぽうで、強硬派ならずともがっかりさせられる確たる情報が、宮中の侍従武官府から伝えられてきたりした,ルイヴィトン 財布 モノグラム 二つ折り。それは、天皇が明確に三国同盟案の「参戦」条項に反対の意思を表明している、という思いもかけない話なのである。 参謀本部作戦課の面々にとっては、いらいらする日々である。しかも、陸軍が主張する同盟案どおりに内閣の意見一致をみた場合にそなえて、対英仏参戦の戦略戦術をねっておく。
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こうして三国同盟問題を議するための平沼内閣の五相会議
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Posted 12 years ago #
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