? でも、誤解しないでよ。私はもうこれ以上優しくなんかなれない。もう心の隅々まで引っ掻いて、あなたにすべての愛情を注いで来たんだから……」 茶目っぽく微笑んだアイラは、アヤセの唇に仄《ほの》かな色香を授けると、自らドアを開けて、小走りに去って行った。アヤセは複雑な表情でその後ろ姿を見送り、やがて、ほっとしたように肩を降ろすと、傍らのキムに、「やはり、二晩続けてのクラッシックは飽きるだろうな……」と呟いた。 その唐突な台詞に、キムは「え?」と、怪訝《けげん》そうな反応を示すだけだった。 5 B‐1「なあレイモンド、ほんとにこの猛り狂った雲の中に突っ込んで行かなきゃならんのか?」 副操縦士席に陣取るマックス・バスは、両手を膝にあてがったまま半身を乗り出し、ぞっとしない表情で、呪わしげに悪態をついた。「B‐1Dの装備している赤外線探知器は、条件さえよければ、地上の人間の体温さえ探知できる。僚機から逃れるには、他に方法はない。あんたは、俺の腕を信用してくれていると思っていたがね」 機長席に構えるレイモンド・スタイガー大佐は、事もなげに言ってのけると、溜息を漏らすバスの皺《しわ》が目立ち始めた横顔を尻目に、防禦手席《ぼうぎよしゆせき》で浮かれぎみのピーター・コリンズ中尉を呼んだ。「ピーター、ブロウヘッド機はどこにいる,財布コーチ?」「右八〇〇〇フィート。見えませんか?」 バスが横窓にヘルメットを近づけた。「なんせ、陽の光が強いんでね。ああ見えた。やや後方に付いている」「よし、じゃあ始めよう」 スタイガーの言葉に、バスはためらいがちに肩のベルトを掛け直した。スタイガーは操縦桿を握り直すと、編隊通信用のUHFラジオのスイッチをいれた。「こちらスターリン、フルシチョフ応答せよ」「こちらフルシチョフ、どうぞ!」 ヘルメットのヘッドホーンから、間髪を入れず応答があった。「こちらスターリン。フルシチョフ同志、やはりエンジンの調子がおかしい,コーチ アウトレット。二番、三番の温度が昇りっ放しだ。一番、四番も通常値を上回っている」 スタイガーは必要もないのに、中央パネルのヒートインジケーターを、わざわざ指で弾《はじ》いてみせた。「引き返しますか?」「そうしよう」 自動操縦《オート・パイロツト》を解除すると、スタイガーは徐々に機を左へバンクさせて行った。一八〇度の方向転換が終わると、次は操縦桿を心持ち前方へ倒す,コーチ アウトレット。すると機は、ゆっくりと高度を下げ始めた。下界を覆っている密雲が、まるで悪魔が足音を忍ばせて近付くような感じで、ゆっくりと迫って来た。スタイガーは、スロットル・レバーに掛けた左手が、じっとりと汗ばんで来るのを感じていた。 オブラートのような空気の流れに乗って進む飛行機にとって、乱気流を生み出し、雨意をはらむ雲ほど危険な存在はない。彼の愛機は、まさにその悪魔の申し子のような圧倒的なパワーの内懐へ、エンジンを切ってまでして突入しようとしているのだ。「こちらフルシチョフ。スターリン、どうした!? 高度が下がっているぞ」「二番、三番を閉鎖。一、二番も絞っている,コーチ ショルダーバッグ。異常燃焼だ!」「大丈夫ですか? 隊長」「再点火を試みる」 スタイガーは高度計を一瞥《いちべつ》した。三万フィート。雲さえなければ、一〇分で五、六十マイル程の滑空が可能だが、雲中飛行となると、せいぜい五、六分が限度だ。 彼が胸の内でそう呟いた直後、機は密雲の上辺を引っ掻《か》いた。まるで鞭打たれたかのように、二〇〇トンを超える巨体が身震いする。そして次の瞬間には、機はすでに、15号台風ジェニファーの外周──気象衛星写真によると、その部分はせいぜい後れ毛程度にしか写っていなかったが──に突入した。窓の外はすっかりミルクをぶちまけたような純白の世界に変わっていた。「スタイガー! 早く反転を」「オールエンジン、カット! それが先だ。それに無線を使っている間、反転は出来ない。針路を悟られるからな」 スタイガーはパワーを完全に絞った。エンジンが死んで、風防を切る風の音が、コクピットを支配した。「ピーター、ブロウヘッド機のラジオを逆探知。位置を報告せよ!」「了解、ボス,コーチ 激安。連中は雲の上です。ほぼ真上、高度差五〇〇〇フィート。更に開いてゆく模様! ああ待って下さい。雲の中へ降下を始めました」 スタイガーはすかさず僚機に呼び掛けた。「フルシチョフ,コーチ財布! 接近はするな。爆発に巻き込まれるぞ!」「しかし! ではラジオをモニターする。発信音を絶やすな」 スタイガーはエンジンに異常事態が発生した時のテキスト通りの復旧方法《レカバリー》を試みた。まだ、隣りで顔面蒼白に陥ったバスを見やる余裕はあったが、それにしてもひどい揺れだ。上下左右、容赦ない平手打ちを喰らっているようだ。やがて大粒の雨が、機体を叩き始める。現在の緯度と高度では、さして着氷の心配はなかったが、揚力が大幅な減衰を余儀なくされる。こういう状況で一番危険なことは、水平感覚を失うことだ。推力もないとなれば、機体がほんの僅か傾いただけで、失速という、飛行機にとっては、心臓にナイフを突き刺されるのも同様の状況に至ってしまう,コーチ。 スタイガーは夜間飛行の要領で、ただひたすら水平儀と旋回傾斜計を凝視して操縦桿と方向舵を操った。「バス……、マックス! 高度計を読むのはあんたの役目だろう?」 バスはハッとしたように、瞼をしばたたいた
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