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光秀は低徊《ていかい》趣味のある男だ

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  • Started 12 years ago by fdammdsng

  1. 。腕はある。死は覚悟している。征《せい》夷《い》大将軍の身でみずから剣闘をした男は鎌《かま》倉《くら》以来、明治維新にいたるまでこの義輝のほかはなかったであろう。さらには一剣客としても兵法《ひょうほう》(剣術)勃興《ぼっこう》いらい、これほどの働きをした男もなかった。 やがて城館の四方から火が出、火は次第に燃えあがって、玄関に移ったため義輝はしりぞいて座敷をトリデに奮戦するうち、敵方に池田某という者がいて背後から槍をもって義輝の足をはらった,coach財布レディース。 義輝はころんだ。「すわ、おころびあそばされたぞ」 とその上から杉《すぎ》戸《ど》をかぶせ、義輝の自由をうばい、隙《すき》間《ま》から槍を突き入れ、くどいばかりに突き入れ突き入れしてついに殺した。 この変報を光秀がきいたのは、偶然なことながらかれが京にむかってのぼりつつある道中においてであった。 江州《ごうしゅう》草津の宿《しゅく》の旅館で、たまたま同宿した出雲《いずも》の御符《ごふ》売りからきいた,オメガ スピードマスター。(止《や》んぬるかな) と、一時は自分の運のわるさに暗澹《あんたん》とする思いだった。光秀が朝倉家で占めている特異な位置はといえば、義輝将軍の知遇を得ている、ということだけのことではないか。その義輝が死んだとなれば、戦国策士をもって任ずる彼としては、魔法のたね《・・》を失ったようなものであった。 が、すぐ、この友情あつい男は、友人の細川藤孝の安危が気になってきた。(共に、殉じたか) 藤孝は勇者である。十に九つまでは、将軍とともに斬り死したにちがいない。 光秀は、草津から六里二十四町の道を飛ぶようにいそぎ、京に入るやすぐ室町通を北上し、二条の館をたずねた。 すでに焼けあとでしかない。 光秀はつぎつぎに町の者をつかまえては当夜、将軍に殉じた人の名をきいてまわった。次第に様子がわかってきて、事件の当夜は、お側衆《そばしゅう》はほとんど下城していて、居合わさなかったことも知った。さらに藤孝が都を離れて知行地の勝竜寺にいることも知った。(天命なるかな。細川藤孝ひとり生きてあるかぎり幕府はほろびぬ) 光秀は狂喜し、まず藤孝をさがさねばと思い、藤孝の所領である乙訓郡勝竜寺を訪ねるべく京をはなれた,OAKLEY サングラス 店舗。(きっと、藤孝はあの在所にもどっている) そう確信したのは、松永弾正の一党は、つぎの将軍の位置にかれらの持駒《もちごま》である義栄《よしひで》を据《す》えねばならぬ必要上、幕臣の生命、身分、領地は保障するという布告を出しているからである。当然、藤孝は逃げもかくれもしていまい。(藤孝に会って、幕府再建の方途をきめねばならぬ。松永弾正らは義栄様をおし立てるかもしれぬが、そうはさせぬ。おれは藤孝とふたりで別の将軍を擁立するのだ) みちみち、そう思案した。思案しつつ気持が晴れてきた。考えようによっては、義輝の死によって、自分の前途が洋々とひらけてきた、ともいえるのではないか。(おれの一生も、おもしろくなる) 光秀は懸命に足を動かし、若葉につつまれた南山城《やましろ》の野を南にくだった。奈良一乗院(暮れぬうちに) とおもいながら、光秀は歩きつづけた。 暑い季節で、汗が下着から帷子《かたびら》まで、ぐっしょりと濡《ぬ》らし、それがしぼるばかりになったが、光秀はかまわずに歩いた。(生涯《しょうがい》、おれはこの日、この野《の》面《づら》を歩きつづけている自分を忘れぬだろう) 南山城の野には、竹藪《たけやぶ》が多い,aokley サングラス 通販。すでに竹は葉を新しくし、めざめるばかりの青さで、野面のところどころに叢《むらが》っていた,coach 財布 新作。 やっと勝竜寺という部落に入り、「細川兵部大輔(藤孝)殿のお屋敷はどこにあるか」 ときくと、守護の館《やかた》のことだから、村人は丁寧な物腰でおしえてくれた。「あのむこうに、椋《むく》の木がございまするな」 なるほど、椋の大樹が、枝を天に栄えさせていた。「あの椋をめあてにお行きなされまし」 行ってみると、藤孝の屋敷はさすがに守護の館らしく浅堀を掘りめぐらし、土《ど》塀《べい》を取りまわして四方一町ほどはある。(荒れている) 門も屋敷もわらぶきで、そのわら屋根に青草がぼうぼうと茂っていた。 光秀は椋の木の下に立ち、門を丁々《ちょうちょう》とたたいた。 人は、出て来ない。 すでに、あたりは黄昏《たそがれ》はじめ、東の空に宵《よい》の月がかかっている。光秀は低徊《ていかい》趣味のある男だ。(こうして黄昏のなかで門を叩《たた》いている自分を、いつかは思いだすだろう) と、そんなふうに自分を一幅の大和絵のなかの人物に擬しながら、なおも丁々とたたきつづけた。 やっと門がひらき、郎党風の男が用心ぶかく野太刀を握って顔を出した。京の変事があっていらい、不意の来訪者にはここまで用心しているのであろう,oakley メガネ。「兵部大輔殿に申し伝えられよ。越前一乗谷の明智十兵衛光秀がご安否を気づかい、京から駈《か》けに駈けてただいま参着した、と」「あ、明智様で」 郎党は、光秀の噂《うわさ》などを主人から聞き知っているらしい
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    Posted 12 years ago #

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