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この「五峯録」に堀の書いた解説風の「添記」がついている

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  • Started 12 years ago by fdammdsng

  1. 。 この「五峯録」に堀の書いた解説風の「添記」がついている。 それによると海大における対米作戦の図上演習も軍令部の作戦計画も、前記の通りの、「一、日本のフィリッピン攻略、二、アメリカ大艦隊比島奪回へ出撃、三、マリアナ列島線における漸減作戦、四、両国艦隊の大海戦、米艦隊撃滅」という決りきった経過をたどる一種の観念遊戯、敵の行動を一つの約束事と考える虫のいい形式主義に堕してしまっていたという。「此の種の形式主義は一般に波及して恰《あたか》も兵術の正統派であるが如《ごと》き観を呈するやうになり、之《これ》によりて兵術思想の統一を行ふべしと主張し苟《いやしく》も少しでも之に外れて新規軸を求むる者あらば忽《たちま》ち兵術に疎《うと》き異端者として取り扱はれるが如き、独善横行の社会と(海軍は)なり了《をは》つた」「かかる環境の下に養はれる軍事思想は勢ひ政治的色彩を帯びるに至り」「動々《やや》もすれば落ち着いて考へる努力を惜み、しかも人前で大きな強いことを言ふやうな風潮が一般を支配し始めて居たのである」 と堀は書いている,coach 財布 アウトレット。 その例証として彼が見聞した三つの事例が挙げてあるが、うち二つを簡単に引用すれば、ある年海軍大学校かどこかで対米戦図上演習が行われ、あとの研究会の席上一人の士官から、「敵がフィリッピン救援に来ない場合も考えられるし、直《ただ》ちに本土に迫って来るという場合も考えられるのだから、こんな風に対比島作戦の研究にばかり多くの力を尽すことは一考を要するのではないか。ちがった場合の研究も必要なのではないか」 そういう趣旨の発言があった,coach 財布 新作。すると演習指導部員として来合せていた軍令部のある参謀が、「比島攻略は帝国海軍既定の作戦方針であって、陸軍方面とも合同して研究中のものである,aokley サングラス 通販。それを否認するような論議を聞くのは甚《はなは》だ遺憾である。抑《そもそ》も兵術思想を統一するのが演習の一目的であるということを無視してはならぬ」 ときめつけたという。 またある年の図上演習では、与えられた燃料の現在量と接敵予定時刻とをにらみ合せながら進んでいた某部隊が、「行動敏速を欠く」という批判を受けた,ルイヴィトン 財布 モノグラム 三つ折り。燃料のことなぞあまり考えていては充分の——つまり都合のいい演習が出来ないというのであった。図演にあたっては青軍赤軍各隊の航跡図を見て成果を判定するのであるが、計算上この艦隊は燃料を費《つか》い果して立往生という事態も時に発生する。そうすると「洋上補給したるものと認む」との特別想定が与えられてまた動き出す。いよいよ具合が悪くなると、最後まで突きつめることはなされずに、「演習中止」で万事が解決されてしまうのが通例であった。 戦争中山本がトラック島の「武蔵」から堀あてに出した手紙の中に、「敵には困らぬが味方には困る」 という一行があるが、実際こういう「味方」に山本は閉口していたであろう。 堀は、「元来対米戦争といふ様な事は軽々に口にすべきものではない。どうかすると国運を賭《と》してもやるべきだと大言壮語するものもあるが、抑も国運を賭すると云《い》ふ様な言葉は矢《や》鱈《たら》に使ふべきものではない,ルイヴィトン モノグラム 財布。賭すると云ふのは興亡何《いづ》れかを賭すると云ふことであつて、其の国の滅亡の場合をも賭けてあるのである」「言葉の真の意味を思へば、左様のことは考へるべきことでもなく、又口にすべきことでもない。東洋の新秩序とか共栄圏の建設とか云つた、雲をつかむ様な観念から出発して、国運を賭せられてはたまつたものではない」 と「添記」の中に書いている。 しかしそうかといって、軍令部には形式主義の独善主義者ばかりが集まっていたわけではなく、まして「国運を賭して」アメリカと戦争しようと思っていた人ばかりいたわけではない。 それに、対米といい、対ソ、対支といい、これはすべて対一国作戦の計画で、アメリカならアメリカ一国だけとの、戦争の構想である。 日華事変勃発《ぼっぱつ》後は、やむを得ずそれが対二国作戦計画に変った。対米・支、または対ソ・支で、対ソ対中国二国作戦の場合、海軍は、海軍航空部隊の全力を満洲へ移すというのが、軍令部一部一課の腹案であった。 ところが、内外の情勢から、昭和十三年には、対英作戦も「年度作戦計画」の中に入れなくてはならなくなって来た。シンゴラ、コタバルの上陸作戦を支援して、マレー半島を攻略するとか、英国東洋艦隊を如何に撃滅するかとか、それでもむろん、構想は対英一国、せいぜい対英・支二国作戦の構想であった。 昭和十四年度になると、それが、日米戦争又は日英戦争が起ったら、自然対米英支三国作戦になるという可能性が強くなって来る,oakley メガネ。 対米一国でも、辻褄《つじつま》を合わせるのに苦しんでいるのに、日本としては到底そんな作戦をやるべきものではない。ということは、この情勢下で、アメリカと戦端を開くことは出来ない。米内が大臣の時はっきり言っている通り、日本の海軍はそういう風に建造されていないのであり、勝てる見込みはないのであった
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    Posted 12 years ago #

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